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小番頭はっとりです。

今年も残りあとわずか。暮れも押し迫ってまいりました。

新年を迎えるにあたり、この時期皆様も何かと忙しいことと存じます。

例にもれず、大番頭も私も忙しさからブログ更新がついおろそかになってしまっている

今日この頃。



これではいか〜ん。とにかくなんでもいいから更新ということで、

今年私が足を運んでみたものの、結局なんだかんだで

ブログに上げずに放ったらかしてました

「書いてなかったけど行ってたよ」シリーズを連発して、

お茶を濁そうと思います。



先ずは毎年夏の恒例となっております「(家族を放ったらかしての)一人旅」ですが、

今年は飛騨高山に行ってみました。





では、ここで飛騨高山とその歴史について触れておきましょう。



滋賀のお隣、岐阜県とはいいながら

高山は、東は乗鞍岳、南に御嶽山、西に白山、北には立山と

それこそ高い山々に包み込まれるように位置しており、岐阜市からも結構遠いんです。



今年は特にNHK大河ドラマ『江』がらみで、戦国〜江戸時代という流れが

妙に気になるのですが、初代高山藩主、金森長近も

織田氏、豊臣氏、徳川氏の家臣で、

関ヶ原の戦いで功績を収めたことがこの地に入るきっかけだったそうです。



長近は京都に習って市街地を碁盤目状に作り、

東山に寺を集め、侍屋敷・職人町を作るなど

かつて小さな山里だった高山の町並みは大きな変貌を遂げました。



元禄5年(1692年)金森氏は国替えとなり、飛騨は徳川幕府直轄の天領となり、

それ以来高山は、町人の町として栄えます。



今でもそんな江戸時代の名残がいい感じに見られる町でした。





リーズナブルなビジネスホテルに2泊してうろつきましたので、

かなり満喫できましたが、

中でも印象に残ってるのは日下部民藝館と高山陣屋です。





【日下部民藝館】





享保年間の1720年頃に創業。日下部家は、天領時代幕府(代官所)の御用商人として栄えた商家で、嘉永5年には、役所の御用金を用立てする掛屋をつとめ、後には両替商を営んでいた。当時の邸宅は、明治8年の大火で類焼し、4年後の明治12年(1879)に完成したのが現在の建物。棟梁は名工川尻治助で、江戸時代の建築様式そのままのみごとな住宅を造り上げた。

昭和41年、明治建築の民家として初めて国の重要文化財に指定された。

―日下部民藝館 看板書きより―









屋敷に入ってとにかく目につくのは高い天井と、立派な梁。

豊富な材木資源と江戸時代の建築様式がベストマッチしています。





時計

囲炉裏



日本人が本能的に懐かしさを感じる落ち着いた空間に

近江社中でもお馴染みのアンティークたちがとてもよく馴染んでいます。









展示品も店でお馴染みの古民具たちがいっぱい。勉強になります。









蔵の中も骨董の展示スペースです。









お盆の頃ですから日中はとんでもなく暑かったんですが、建物の中は不思議にひんやり。

「冷房してるんですか?」とスタッフの方に尋ねたところ、エアコンなどはないそうです。



家の中に風の流れを作るって大切なんですね。

(住宅メーカーの社員っぽいコメントになってしまったたらーっ



でも、「その分冬は寒いんですよ〜」と脅されました。



ちょうど今頃の季節は寒そうだなあ。ムニョムニョ







後編につづく







【ご案内】日下部民藝館ホームページ








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