こんばんは。小番頭はっとりです。
前回に引き続き、この暮れも押し迫った寒い時期に、
とても暑かったお盆休み頃の記事の投稿です。
「てめえ、いい加減にしろよ」と世間からのつっこみが聞こえそうです。
そこで今回は予想されるつっこみも( )内に書いていくことにしましょう。
では、ひるまずに書きましょう。(ちょっとは、ひるめよ)
前回の飛騨高山旅行の続きですね。
『高山陣屋』に行ってみた。
【高山陣屋 外観】日差しが、もう暑そうでしょう。(逆光ですけど)
陣屋とは、江戸時代に郡代・代官が治政を行った場所で、御役所や郡代(代官)役宅、御蔵などを総称して陣屋と呼びます。
飛騨代官は安永六年(1777)に飛騨郡代に昇格し、当時3ヵ所あった郡代役所(関東・西国・美濃)と並んで幕府の重要な直轄領となりました。
幕末には全国に60数ヵ所あったと言われている郡代・代官所の中で、当時の建物が残っているのはこの高山陣屋だけです。
全国で唯一建物が現存する遺跡で、昭和4年には国史跡に指定されました。
【御役所(おんやくしょ)】建物の中枢部です。
お役人が並んでた当時の事務室。
時代劇だと中村主水とかが働いてるような所かな。(ちょっと違う気がする)
直轄領とは、江戸幕府直轄地で、幕府の経済的基盤をなした領地を言います。
なぜ幕府は飛騨の国に着目し、元禄五年(1692)に直轄領としたのでしょうか。
その理由は、豊富な山林資源(木材)と地下資源(金(きん)・銀・銅・鉛)であったと言われています。
−ちなみにここまでの解説、岐阜県ホームページの写しです。(だろうな)
【門番所】門番の居た場所。(そのままか)
【使者の間】使者控室です。
【台所】おくどさんが並んでます。
【茶の間】食事してた部屋です。
【土間】広いです。天井高いです。(簡単なレポだな)
【御白州(吟味所)】吟味って、ずばり拷問所ですよ。
なんか『JIN―仁―』のドラマで南方先生が座らされたギザギザ板とか、
まんまありますし。(テレビばっかりか)
でも「南方仁」って名前は、
ちょっと「エースをねらえ」世代には安直っていうか。(その話ここでいらんだろ)
建物はとにかく広いし、風通しもよく涼しいし。
居心地良くてくつろげました。(何しに行ってんだ)
さて、最終日は電車で駅弁を食べながら帰ってきましたが、
【飛騨牛しぐれ寿司弁当】むちゃくちゃ旨いです。(違うレポになってるし)
岐阜市まで戻ってから、ちょっと寄り道して
今度は名古屋へ行ってみました。
目的は、名古屋にある徳川美術館。
当時『徳川の姫君展』なる特別展をやってたんですね。
ほんと江戸時代づいてるでしょう。
江戸期の豪商の民家、そして、幕府の役所と見てきて、
いよいよ将軍家です。
いやあ、これは道具で言えばもう、古民具から骨董、そして古美術という流れですね。
展示品はさすが将軍家という感じでした。
(写真は撮れませんでしたが)
私、徳川美術館初めてで、丁寧に見すぎて完全に見るペース配分を間違えました。
特別展に行くまでの常設展の半ばで、営業時間残り僅かと職員さんから聞かされ、
後は焦って館内を走り回ってました。いやはや江戸幕府270年、奥深いものがありました。(何のこっちゃ)
そして飛騨牛しぐれ弁当は旨かった。(結局それか)
そういうことで、今年の私のブログ投稿はこれがラストとなりました。
読者の皆様、今年も1年ありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いします。ではでは良いお年を。