こんにちは。
またまた、とんでもなくご無沙汰の小番頭はっとりです。
さて、近江社中の母体は知る人ぞ知る?住宅会社なんですが、
先日ありがたいことに九州へ出張を兼ねた社員旅行がありまして、
この機会に以前から見てみたかった熊本城に行くことができました。
私の記録としては中学時代に修学旅行で一度行っているらしく、
城の前で撮った学生服姿の写真はあるのですが、古い話で、
ほぼ記憶はありません。
城好きの大番頭さんも一押しの壮大なお城ですし、
このブログでも以前本人が行かれた際のレポートが投稿されています。
リンクはこちらです。
巨大な黒いお城、素人目にもカッコいいですね。
正面はこんな感じ。隣には大きな銀杏の木があります。
城内に植えられた銀杏(いちょう)の木は、
篭城戦(ろうじょうせん)になった時の食料確保のため、
築城時に加藤清正が植えたと言われています。が、
この銀杏の大木は雄木なので実はならず、
城内を知らない者が後世創った俗説とも。
ただし、篭城戦に備えてたくさんの井戸が掘られていたことは確かです。
清正は文禄・慶長の役のとき、
蔚山城(うるさんじょう)で明(みん)・朝鮮連合軍を相手に、
「泥水をすすり、死馬の肉を喰らう」という苦しい籠城戦を体験しました。
そのことから熊本城築城の際には城内に120以上の井戸が掘られたそうです。
ちなみにこの「死馬の肉を喰らう」体験から、
熊本は馬刺しが名物になったとか。
ところで、今回、私が最も気に入ったスポットは、この宇土櫓(うとやぐら)です。
実は熊本城は、西南戦争で天守を含む御殿や櫓など主要な建物を焼失しています。
その後昭和中期になって大小天守と一部の櫓が外観復元され現在に至っているのですが、
この宇土櫓と東竹之丸の櫓群だけは戦火を免れて、築城当時のまま現存しているのです。
特にこの宇土櫓は、本丸の西北隅、20mの高石垣の上に建つ3層5階地下1階、
地上約19mの櫓で、天守並みの構造と大きさを誇ります。
櫓の一つでありながら、私の地元で言うとひこにゃんでお馴染みの
彦根城天守閣くらいの大きさがあるのです!
(熊本城天守閣から宇土櫓を望む)
国指定の重要文化財ですが、現在は内部を一般公開しています。
RC造での復元と違い、時代を経た木造の趣がそのまま感じられるスポットです。
最上階に高欄(こうらん)をめぐらした桃山初期(室町)様式は、
江戸時代の城には見られない特徴です。
(宇土櫓から天守閣を望む。※手前のバルコニー?が高欄です。)
ではでは、今日はこの辺で。
最後はくまもんバスの写真でお別れです。