南部鉄器が有名で、鉄瓶といえば盛岡、東北というイメージが一般的にはあるのですが、意外にも関西には亀文堂、龍文堂という鉄瓶や銅器の製作で一流と呼ばれた鋳物師が活躍し、名品を残しています。初代は18世紀後半の人だそうです。



近江社中本店の地元、滋賀の湖東地方には「日本亀文」「亀文堂造」との銘のある鉄瓶が残っています。

初代亀文波多野正平は家業の醸造業を継がず、京都の龍文堂四方安平の弟子となり、のちに独立しました。豪放磊落、風雅を志す文人肌の芸術家で、酒を好み、家計をかえりみることがなかったと言われています。

元治の兵火で家を失い、近江信楽の代官多羅尾氏を頼って身をよせ、のちに日野に移り、最後には能登川に居を移しました。それはこの地の山水をたいそう好んだためであると言われています。いまも鉄瓶・茶釜・火鉢・文房具などは美術品として尊重されています。(ふるさと百科 能登川てんこもり 【風土と歴史】参照)


ところで、鉄瓶にはがあります。注ぎ口を右向きにして見た側が表。茶席で湯を注ぐ際、向かい合った客人が見る面だからです。なるほど、面による細工の違いはこういう意味があるのですね。

鉄瓶表鉄瓶裏

『近江社中本店』古道具・古美術品












 


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